こんにちは。
総合企画室の児玉です。
今日はこの場をお借りして、
先週末に行ってきた津波の被災地ボランティアのでのことを
書かせていただきたいと思います。
向かったのは、仙台駅から車で30分程の荒浜と呼ばれる地区で、
海に近いこのエリアは、言葉通り”壊滅”状態になった場所です。
海沿いを走る仙台東部道路という高架の高速道路が
防波堤の役割を果たしたことで
中心市街への津波被害はなかったそうですが、
その分、この道路を隔てて内陸側と海側では、
同じ世界とは思えない景色が広がっていました。
今回は私は、海から2km程内陸にある、
地元農家さんの田んぼの瓦礫拾い作業に参加しました。
田んぼと言っても、波が引いた後の泥を
そのままユンボで固めただけの荒れ地です。
津波で流されてきた何十棟もの家屋の破片が
そこら中に散らばり、ゴロゴロと埋まっている状態でした。
最初は、目につく大きな木材や瓦屋根、
パリパリになった壁紙やボードを拾っていきました。
しかし、次第に目に入ってくるようになったのは、
歯ブラシや洗剤のボトル、茶碗、練り辛子のチューブ、
レコード、化粧品、おもちゃの車…。
瓦礫と呼ぶにはあまりに辛い、生活の品々でした。
遺品かもしれないそれらを手にして、
ああ、ここには暮らしがあったんだ。という当たり前のことを、
恥ずかしながら、自分の目で現場を見て、
初めて、心で感じることができたと思います。
お昼休憩のとき、依頼主である農家のおじちゃんが
当時からのことを詳しく教えてくれました。
目の前で起きた惨劇、それから自衛隊が入るまで
何日もかかったことや救助活動の様子、
塩でダメになってしまった田畑を戻すには何年もかかること、
農地回復の補助費用が行政からは全く出る気配がないこと。
今後、被災地農家の2割は廃業するとされ、
実際に、荒浜界隈の農家のおじいちゃんおばあちゃんの多くは
生き甲斐を失くし、ひきこもり状態になっているそうです。
“あれから1年…”などとメディアが取り上げたのも
先月のほんのひと時。
ボランティア募集!と大々的に謳うのを
見かけることも少なくなりましたが、
まだまだマンパワーもお金も、様々な形で支援が必要なこと、
1年で立て直したことなんてほんの一部なんだということを、
現地を見て知りました。
「旅行がてらで構わない。
ただそのうちの数時間でいいから、現地を見て、
さらに一緒に作業をしてくれたら、本当に助かるし、嬉しい」
と、作業に参加していた現地の方が言っていました。
また東北食い倒れ旅?の寄り道で、
なにかお手伝いしてこれたらなと思っています!



